一般には「歯の神経」という言葉で知られている歯髄(しずい)には、歯を健康に維持するために大切な役割があります。
しかし、虫歯が広がって歯髄に炎症を起こすと、歯髄を残すことが難しくなります。
「歯の心臓」ともいわれる歯髄を抜くと、歯がもろくなってしまうため、歯の寿命を縮めてしまうこともあります。
そこで今回は、歯髄の役割や歯髄炎になった時の治療法についてご紹介します。

歯髄(歯の神経)とは

歯の象牙質の内部にある神経の組織を「歯髄」といいます。
歯髄には、歯への感覚を伝える神経や栄養、酸素を供給する血管なども存在します。
そのため、神経を抜く処置をすると、酸素や栄養が供給できなくなり、強度が落ちて歯がもろくなります。
また、神経がないと、痛みを感じることがなく、二次虫歯が進行していても、発見が遅れることにつながります。

・歯髄の形成過程

歯髄の発生は、妊娠中の期間から始まり、象牙質を構成する象牙芽細胞 に分化します。
やがて、根の象牙質の形成が始まり、歯髄が形成されていきます。

歯髄の役割とは

歯髄は、歯の健康を保つために大切な役割をしていますので、ご紹介します。

・歯を守る役割
歯髄は、歯の内部にあるため、外部からの力をやわらげる働きがあります。
歯が、外部からダメージを受けた時、クッションのような役割をして、歯に対するダメージを軽減します。

・歯の成長を促す役割
歯髄の中には、歯が成長するための幹細胞が含まれています。
この細胞は、歯が生える時に新しい歯質を作り出して、歯が生えるのを促します。
また、象牙質や歯髄が傷ついた際にも、修復する働きがあります。

・歯の感覚を伝える役割
歯髄は、歯の神経も含まれているため、歯の刺激を脳に伝える働きがあります。
そのため、痛みや刺激があると、脳に伝わって歯の感覚として痛みを感じます。
歯に異常が生じると、不快感や痛みとして感じることができ、歯のトラブルを発見しやすくなります。

歯髄を抜く4つのデメリット

虫歯が象牙質だけでなく、歯髄まで広がってしまうと歯髄を抜く、俗にいう「歯の神経を抜く」必要があります。
歯髄を抜くとさまざまなデメリットがありますので、ご紹介します。

1 歯の根の先に膿がたまりやすくなる

歯の神経がある状態では、細菌が侵入しようとするとブロックしたり、やっつけたりすることができますが、神経を抜くと、細菌に対する抵抗力が失われているため、細菌感染を引き起こしやすくなります。
そうすると、根の中で細菌が繁殖してしまい、根の先に膿がたまりやすくなってしまいます。

2 歯がもろくなる

歯を失う原因第1位は歯周病、第2位は虫歯ですが、第3位には歯の根が割れる「歯根破折」です。
歯の根が割れたり、欠けたりすると、修復が難しくほとんどのケースで抜歯が必要です。
そして、歯根破折を起こしている歯の大部分が歯髄を抜いた歯になります。
神経を抜くときに歯を削る必要があり、歯の厚みが薄くなってしまい、特に両側の歯と歯の間の部分(隣接面といいます)まで削ってあると60%以上強度が落ちると言われています。
特に、神経の処置をして土台を立てる時に金属の土台を入れていると、歯に強い力がかかった際に歯根破折の可能性が高くなります。

3 痛みを感じなくなるため、トラブルに気づきにくくなる


歯の神経は、痛みを伝える大切な役割があります。
痛みを感じない方がよいと思う方もいるかもしれませんが、痛みを感じないと二次虫歯などが広がっている場合でも気づかずにどんどん進行してしまいます。
歯科の治療は、症状が進行すればするほど治療が大がかりになり、治療期間も長くなります。
治療費や治療期間の負担を軽減するためにも、歯髄を残せるようにすることが大切です。

4 歯の色が茶色や黒に変色しやすくなる


神経のある歯は、水分や栄養が運ばれていますが、神経をなくなってしまうとこれらの働きがほとんど失われてしまいます。
そうすると、血液中の鉄分の沈着や古くなったコラーゲン物質などが時間と共に褐色や茶色に変色してしまうことがあります。
神経の無い歯の多くは、被せ物をするため、その場合は変色が見えることはありませんが、強い刺激などで神経が死んでしまった歯は、茶色や黒に変色しやすくなります。
参考:「歯髄(歯の神経)の役割はなに?」~歯髄をとってしまうとどうなるの?~

歯髄温存療法

歯の神経には、歯を健康に維持するために大切な役割があるため、できるだけ残すようにする方法です。
従来は、残すことが難しかった歯髄も、マイクロスコープでの精密な治療やMTAセメントで保護することで温存する可能性が広がりました。

歯髄を残すために必要なこと

歯髄の治療

歯髄の役割や必要性についてお伝えしてきました。
それでは、歯髄を残すためにどのようなことに注意すればよいか、確認していきましょう。

適切な検査を受ける

内部まで広がった虫歯があった場合、歯髄を残せるか精密な診断を受ける必要があります。
すでに壊死している歯髄を残してしまうと、毒素が広がり、根の先に膿が溜まる可能性があります。
無理に歯髄を残すことで、トラブルを引き起こしてしまう場合には、歯髄は除去する必要があります。

歯髄が残せる状態なのか、きちんと歯科医で診断を受けて歯髄の状態を確認してもらいましょう。

精密な材料で充填

MTAセメントは、封鎖性と殺菌性に優れたセメントで、生体親和性もよい素材です。

従来の治療では、神経まで達した虫歯の治療は、神経を抜く処置が必要でしたが、神経が出ている大きさによってはその部分にMTAセメントを詰めて、神経を温存できる場合があります。※虫歯の大きさによっては適用にならない場合があります。

一般的に歯髄の保護で使われるセメントは固まりにくいため、封鎖性が弱い点がありますが、このセメントは完全硬化をするため、封鎖性が上がり、再感染のリスクを下げることができます。
治療を受けるときには治療方針や、使用する素材なども医師と相談して、将来的にできるだけ歯髄を残すことができる方法を検討してみましょう。

残せた歯髄は定期的に検査を受ける

歯髄を残す治療は、封鎖した部分がきちんと封鎖されており、再感染を起こさないか経過を観察する必要があります。
そのため、治療が終わったから終わりではなく、定期的に経過を観察することが大切です。
残せた歯髄の部分だけでなく、他の歯を守ることにもつながります。

歯髄を残すための治療

歯髄をできるだけ残すために行われている治療についてご紹介します。

MI治療

MI治療とは、できるだけ歯を削らず、歯髄を残す治療です。

マイクロスコープで拡大して、肉眼では確認できない細部まで見ることで、最小限の量で虫歯を除去することが可能になりました。

また、虫歯の患部に唾液が入ると感染を起こす可能性があるため、「ラバーダム防湿」をして唾液が入らないようにする必要があります。
これらのマイクロスコープでの精度の高い治療や、詰める材料の強度・接着性・審美性が向上したことで、精密なMi治療ができるようになりました。

ドッグベストセメント

ドッグベストセメントは、殺菌作用のあるセメントです。

従来の虫歯治療は、虫歯の部分を大きく削り、歯髄に達している場合には神経を抜く治療が必要でした。
一方、ドッグベストセメントは、虫歯に感染した部分を最小限だけ削り、殺菌することができます。
虫歯が少し残っていても、殺菌して無毒化ができるため、歯を多く残すことが可能で歯の寿命を延ばすことにつながります。

ただ、こういったセメントを使用する場合でもラバーダム防湿やセメントを覆う確実な封鎖が必要になります。

歯髄再生治療

歯髄再生治療とは、歯の歯髄の再生をする治療です。
噛み合っていない親知らずや抜けてしまった乳歯の中から、「歯髄幹細胞」を採取して、培養します。
培養した歯髄幹細胞を移植して、歯髄の再生をする治療です。

歯髄再生治療なら歯髄を残すことが難しくて、ここまで紹介した治療法が使えない場合でも、治療ができます。
さらに、すでに神経を抜いてしまった歯でも、歯髄を再生し、健康な自分の歯を取り戻すことができるようになりました。
歯髄が失われた歯は通常、細菌や汚れを除去するために内部が削られ、ちくわのような空洞が形成されます(根管拡大)。
その後、空洞に人工物の詰め物が詰められますが、この一連の治療により歯の強度低下や、破折(歯が折れること)のリスクが増加することが知られています。

歯髄再生治療を行うと、歯髄の血管・神経組織が再生するため、歯への栄養供給再開や、歯髄周囲への硬組織(象牙質)形成、痛みなど知覚機能の再開が期待できます。
本治療により、内部の歯髄や削られた硬組織(象牙質)が再形成されることで、自分自身の歯の寿命が延びることが期待できます。

楽しくわかる歯髄と歯髄再生治療

歯髄に関する病気

歯髄に関する病気には歯髄炎があります。ここでは歯髄炎について詳しくご紹介します。

歯髄炎とは

虫歯が広がり歯髄まで達すると、歯髄で炎症を引き起こし、「歯髄炎」になります。
初期の段階では、歯の表面のエナメル質を溶かして、症状もほとんどない虫歯ですが、歯髄まで広がると強い痛みを伴います。

歯髄炎の症状

歯髄には、神経も含まれているため、虫歯が広がって歯髄炎を起こすと、何もしていなくても強い痛みを伴います。
特に、夜間は痛みが強くなる傾向になり、朝起きると落ち着く症状を繰り返すことがあります。

歯髄炎の原因

歯髄炎の原因は、虫歯が進行してエナメル質・象牙質を溶かし、歯髄まで進行することで引き起こされます。
また、外傷などで強い衝撃が歯髄に加わった場合も歯髄炎になることがあります。

歯髄炎の治療法とは

歯髄が細菌感染しているかで治療法が異なります。
ケガなどの外傷で歯髄炎を引き起こしている場合には、歯髄温存療法が適用になります。
しかし、歯髄全体が細菌感染を起こして痛みがひかない場合には、歯髄を残すのは難しいです。
その場合には、神経を取り根の中がキレイになるまで、消毒・殺菌をした後は、被せ物をしていきます。

【まとめ】

歯髄には、「栄養や酸素を送る役割」「歯の感覚を伝える役割」「歯を守る役割」など歯を守るために大切な働きをしています。
しかし、虫歯が歯髄まで広がると神経を抜く治療をしなければいけないケースが多くなります。
大切な歯髄を失った際に「歯髄再生治療」も選択できるようになってきました。
失った歯髄に歯髄幹細胞を移植して、再生をする方法のため、次第に根の中に象牙質が添加されていき、削られて失ってしまった歯質が戻って強くなります。
ご自分の歯でいつまでも食事ができるように、お口の環境を整えていきましょう。