
研究成果の概要
本研究は、歯髄幹細胞が分泌する物質「歯髄幹細胞セクレトーム」が、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβ(Aβ)による神経細胞へのダメージを抑える効果があるかを、試験管内(in vitro)で検証したものです。
結果として、歯髄幹細胞セクレトームは神経細胞の生存率を高め、アポトーシス(細胞死)を抑制し、Aβを分解する酵素であるネプリライシンを含んでいることが確認されました。
研究背景
アルツハイマー病は、アミロイドβという異常なたんぱく質が脳内に蓄積し、神経細胞が死んでいくことで進行する神経変性疾患です。これまで、幹細胞を使った治療が注目されてきましたが、最近では、幹細胞そのものではなく、幹細胞が分泌する物質(セクレトーム)に治療効果があるのではないかという考え方が広がっています。中でも、歯髄幹細胞は神経堤由来の性質を持ち、神経保護や神経再生に関わる因子を多く分泌することから、アルツハイマー病への応用が期待されていました。
研究成果の意義
本研究は、歯髄幹細胞が分泌する物質(歯髄幹細胞セクレトーム)が、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβの毒性を抑え、神経細胞を守る働きを持つことを初めて明確に示したものです。特に、アミロイドβを分解する酵素「ネプリライシン」を含み、神経細胞の細胞死を抑え生存を促す生存因子(Bcl-2)を増やし、反対に細胞死を促すアポトーシス因子(Bax)を減らすなど、複数のメカニズムで神経保護効果を発揮することがわかりました。
この成果は、細胞移植を伴わない“セクレトーム治療”という新しいアプローチの可能性を示すものであり、アルツハイマー病に対する低侵襲な治療法として期待されます。
研究成果の詳細
歯髄幹細胞のセクレトームの特徴
- 歯髄幹細胞のセクレトームには、VEGF、RANTES、FRACTALKINE、GM-CSF、MCP-1など神経保護・抗炎症作用を持つ因子が豊富に含まれていた。
- これらの因子の濃度は、骨髄幹細胞や脂肪幹細胞のセクレトームよりも高かった。
神経細胞への効果(試験管内実験)
- アミロイドβを投与した神経細胞(SH-SY5Y)に歯髄幹細胞のセクレトームを加えると、細胞の形態が保たれ、生存率が有意に上昇。Bcl-2(生存因子)の発現が増加し、Bax(アポトーシス因子)の発現が減少。
- Bcl-2(生存因子)の発現が増加し、Bax(アポトーシス因子)の発現が減少。
アミロイドβの分解作用
- 歯髄幹細胞のセクレトームには、アミロイドβを分解する酵素「ネプリライシン(NEP)」が含まれており、12時間以内に完全に分解。
- NEPの量は、骨髄幹細胞や脂肪幹細胞のセクレトームよりも有意に多かった。
神経保護作用の確認
- 分化誘導した神経細胞においても、歯髄幹細胞のセクレトームは神経突起の長さを保ち、形態と機能を維持。
参考文献
Ahmed Nel-M, Murakami M, Hirose Y, Nakashima M. Therapeutic Potential of Dental Pulp Stem Cell Secretome for Alzheimer’s Disease Treatment: An In Vitro Study. Stem Cells Int. 2016;2016:8102478. doi: 10.1155/2016/8102478. Epub 2016 Jun 14. PMID: 27403169; PMCID: PMC4923581.