人生100年時代、「いつまでも自分の歯で楽しく生活したい」と思う方は多いのではないでしょうか。
あまり知られていませんが、歯を長く健康に保つ上で重要な役割を担うのが、歯の神経・血管・リンパ管の集合組織である「歯髄」です。
歯の中心部に存在する歯髄は、歯に水分や栄養を運ぶ、歯の異常事態を痛みとして伝える、傷ついた象牙質を修復・再形成するなど、毎日歯の中で歯を守るために活躍しているのです。
しかし、重度の虫歯や歯への強い衝撃などにより、歯髄が壊死し、除去せざるを得ないケースも少なくありません。
従来の歯科治療では、歯髄を除去した後に人工物を詰めるやり方が主流でしたが、近年、失われた歯髄を再生させる最新医療が登場しました。
そこで今回は、歯の神経である歯髄の役割と歯髄を抜いた後の歯の寿命、そして歯髄再生治療についてご紹介します。
歯の神経(歯髄)の役割とは?
「歯髄」は歯の中心部に存在する、神経・血管・リンパ管の集合組織です。歯を長く健康に保つための様々な重要な役割を担っていますが、残念ながら歯髄の存在や機能は世の中にあまり認知されていません。
「歯髄を取り除いてしまえば痛みを感じなくて済む」と考え、安易に歯髄を抜いてしまうと、痛みを感じなくなる代わりに、歯の機能が低下し、気付かないうちに歯の内部で虫歯が進行するリスクが高まります。
以下に、歯髄の具体的な役割についてご紹介します。
感覚を伝える
歯髄には神経が含まれており、熱い・冷たいなどの温度を伝えてくれる機能があります。
例えば、歯ぐきが退縮している部分は冷たい物がしみるなど、歯の状態やトラブルを知るきっかけになります。
痛みを感知
歯の神経には、痛みにより歯の異常を伝える役割もあります。
神経があるせいで痛みや違和感が生じるため無い方が良い、と考える方がいるかもしれませんが、痛みを感じることで早期に異常を感知して対処することができます。特に、治療後の歯の被せ物の内部では、被せ物の隙間から侵入した細菌により二次虫歯が進行しやすいですが、痛みがあれば、こうしたトラブルを知るきっかけとなるのです。
水分や栄養を供給する
歯髄に含まれる血管を通じて、水分、酸素、栄養分などを歯の象牙質に供給する役割があります。
この働きにより、傷ついた象牙質の修復が促されたり、歯の白さや丈夫さが保たれています。
噛む力の調整
歯髄の中の神経が圧力を感じることで、噛む力を調整することができます。
また、歯髄は歯の外側を覆う歯根膜と繋がっており、これらはクッションのように歯茎と歯への衝撃を和らげる働きを持ちます。
歯の神経である歯髄が存在するからこそ、食事の時の咀嚼に耐えられる歯を維持できるのです。
歯の色を維持する
通常私たちは、半透明のエナメル質が透けることで、その下の象牙質の色を歯の色として認識しています。
象牙質は本来薄く黄色味のある乳白色をしていますが、もし歯髄が無くなったり損傷したりすると、血液や栄養の供給が止まり、象牙質が黒や茶色に変色するリスクが高まります。
歯の神経を抜くのはどのような場合?
歯髄(歯の神経)を抜かなければいけないケースをご紹介します。
虫歯が深い場合
虫歯の初期段階は歯の表面が白く濁るような症状で、この段階では歯が再石灰化することで、修復する場合があります。
この場合の歯科治療は一般的に、定期的にフッ素塗布をして歯の石灰化を促し、経過観察が行われます。
歯の表面のエナメル質だけに虫歯がある場合は、虫歯の部分を削って詰め物を詰める治療が施されることが多いです。
さらに虫歯が進行すると、歯の表面だけでなく内側の象牙質まで虫歯が到達します。
象牙質はやわらかいため、一度虫歯になると進行が速い特徴があります。象牙質の虫歯がさらに進行してその内部の歯髄まで達すると、強い痛みを伴います。
虫歯が歯髄に到達し、細菌に侵されてしまうと、多くの場合歯髄を取り除き、歯の根の中を消毒・洗浄する根管治療の実施が必要になります。
歯の外傷
スポーツや交通事故などで強い衝撃が歯に加わると、歯髄が壊死してしまうことがあります。
そのまま放置すると、歯の根の先に膿が溜まってしまうなどのトラブルが起きるため、この場合も歯髄を除去して根の中をきれいにする根管治療の実施が必要となります。
歯の神経を失った歯の寿命
神経を抜いた歯の寿命は、大きな個人差があり、5年から30年と幅があります。一般的に、神経のある健康な歯と比べると、寿命は半分程度になることが多いでしょう。
神経を抜いた歯の寿命に大きく影響するのは、治療の質と、治療後のケアです。
元の歯を多く残せた場合は、適切な治療と丁寧なケアによって、20~30年と長く使える可能性があります。
しかし、元の歯をほとんど残せなかったり、治療を途中で中断したり、定期的な歯科検診を受けなかったりすると、5年程度で寿命が尽きてしまうこともあります。
歯の神経を抜くと起こること
歯髄(歯の神経)を抜くと起こることをご紹介します。
歯に栄養や酸素を供給できなくなる
歯髄を取り除くことによって生じるデメリットの1つに、栄養や酸素が行きわたらなくなり、歯が弱くなってしまうことが挙げられます。
歯が弱くなってしまうと、歯が欠けたり割れたりするリスクが高くなります。
歯髄を取り除く根管治療を行った後、歯の内部に土台を立てて被せ物をすることが多いですが、特にこの土台の素材が金属の場合、歯の根に力がかかりやすくなります。
このことも、歯が割れやすくなる原因の1つです。
象牙質修復能力が失われる
歯髄には、その周囲にある象牙質を修復し、再形成する機能があります。そのため、歯髄が失われると、傷ついた象牙質の修復が行われず、歯が徐々に脆くなってしまうリスクが高まります。
脆くなった歯に力が加わることで、歯が割れる、折れるといった事象が発生します。
痛みを感知できない
歯の神経を失うと、痛みなどの感覚が無くなってしまいます。
痛みや違和感はわずらわしいと思いがちですが、歯の痛みを感じることで歯に不具合が起きていることを知ることができます。
また、歯髄を失った状態では、被せ物の内部で二次虫歯が広がっていても、違和感に気づきにくくなってしまいます。
すると、二次虫歯がどんどん広がってしまい、残っている歯の部分を大きく削らなければいけなくなるリスクが高まります。
これにより、結果的に歯を失う可能性が高くなります。
根の先で細菌感染を起こす可能性がある
歯髄を取り除く根管治療の際、細菌に感染した根管部分も削られて除去されますが、根の内部は複雑な形をしているため、細菌の取り残しが発生することも多くあります。根管治療の際に取り残してしまった細菌により、歯の根の先に膿が溜まる「根尖病変」が生じることがあります。
根管治療後に根尖病変が生じた場合、再度根管治療をする必要がありますが、この治療を繰り返すことで徐々に歯は削られていき、残っている歯質が少なくなり、歯の寿命が縮まってしまいます。
神経を抜く治療時に歯の内部の象牙質が削られる
歯髄(神経)は、歯の内部の象牙質の中にあります。
神経を抜く治療をするためには、エナメル質だけでなく、象牙質を削り、神経を除去する必要があります。
神経を取り除いた歯は、天然歯と比べて大きく象牙質が削られていますが、象牙質を修復する働きを持つ歯髄が存在しないため、一度削られた象牙質が自然に再形成されることはありません。そのため、天然歯と比べると脆く、割れやすい歯になってしまいます。
歯の神経を再生させるためには?
歯の神経の機能を再生させるための治療をご紹介します。
・歯髄再生治療
大きな虫歯や外傷で歯髄を残すことが難しくなった歯は、多くの場合抜髄治療が行われます。
歯髄を失うと歯に栄養や血液が供給できなくなり、抜髄治療の際に削られた象牙質の修復も行われないため、歯は弱くなる傾向にありますが、失われた歯髄を再生させ、本来の機能を取り戻すための治療が「歯髄再生治療」です。
まず、親知らずや乳歯などの噛み合わせに用いない歯を抜歯し、その中から「歯髄幹細胞」を取り出します。
幹細胞は様々な再生医療への活用が進められており、自分と同じ細胞を増やすことができる「自己複製能力」やさまざまな細胞に分化できる「分化能力」を持っている特殊な細胞です。
幹細胞は、骨髄や臍帯血から採取することもありますが、採取する時に身体に負担がかかったり、採取する機会が少なかったりするデメリットがあります。
歯髄幹細胞の場合は硬いエナメル質の内部にあるため、外からの刺激を受けにくく、また身体への負担を抑えて良質な細胞が採取しやすい、という特徴があります。
この歯髄幹細胞を、歯髄が失われた歯の根管内に移植することで、歯髄の再生を促す治療が「歯髄再生治療」です。
歯髄が再生した歯は、水分・栄養分の供給能力や象牙質の再形成能力が取り戻されるため、長く丈夫な歯を維持することが期待できます。
歯髄再生治療のメリット
歯髄再生治療のメリットについてご紹介します。
・歯の寿命を延ばす
歯髄再生治療により歯髄が再生すると、血液や栄養が歯に行き渡るようになるほか、治療で削られた象牙質も再形成されます。
そうすると、弱くなっていた歯の強度を取り戻すことができ、歯の寿命を延ばすことが期待できます。
・二次虫歯の発症を防ぐ
根管治療で歯の神経である歯髄を除去すると、本来歯髄が持つ、外部からの細菌侵入に対する抵抗力も失われてしまいます。
また、痛みを感じないため、被せ物の内部で二次虫歯が悪化していても、気づきにくいでしょう。
歯髄再生治療により、痛みや違和感を感じる機能を取り戻すことができるため、歯にトラブルが起きたことが分かりやすくなります。
歯髄が存在すると、細菌の侵入を防ぐ防御機能も働くため、二次虫歯の発症を防ぐことにつながります。
歯髄再生治療のデメリット
歯髄再生治療のデメリットについてご紹介します。
・治療ができる歯医者が限られている
歯髄再生治療は新しい治療法であり、歯科医院が本治療を提供するためには、国の第三者委員会の審査を受ける、国に対して特別な計画書類の届出を行うなどの対応が必要となります。
そのため、本治療を提供可能な歯科医院が少なく、場合によっては遠方に通院しないと治療が難しい場合があります。
・保険適用にならない
歯髄再生治療は、保険が適用にならない自由診療のため、治療費が高くなります。
【まとめ】
歯の神経である歯髄を除去すると、歯が弱くなり、寿命が半分になってしまうとも言われています。
また、痛みを伝えることができなくなり、歯のトラブルに気づくことが難しくなるでしょう。
しかし、歯髄再生治療により、失った歯髄を再生させ、歯への水分・栄養分の再供給や、歯髄周囲の象牙質の再形成が可能となります。
大切な歯をできるだけよい状態で維持するために、新しい治療もぜひご検討ください。
将来の歯髄再生治療に使用するための歯髄幹細胞は、アエラスバイオのバンクサービスで冷凍保管しておくことも可能です。
いつまでも健康な歯を保ちたいという方は、是非ご検討ください。