松木 良介/歯科医師（歯学博士）
歯の神経を抜いた歯は、痛みを感じないため、二次的な虫歯が拡大しても痛みを感じません。
しかし、歯の周りの組織が炎症を起こすことが原因で、痛みを感じることがあります。
歯の神経を抜いたのに痛みを感じる場合は、いくつか考えられる状態があります。
今回は、神経を抜いたのに痛みが出る原因と治療法も合わせてご紹介します。
歯の神経とは
歯の神経は歯髄（しずい）とも呼ばれ、血管や神経が存在しています。
歯髄には歯に酸素や水分、栄養を運ぶ大切な役割があり、免疫などの防御機能もあります。
そのため、歯髄を失ってしまうと歯に栄養が行き届かなくなってしまい、歯が弱くなります。
弱くなった歯は、欠けたり、割れたりする可能性も高くなり、歯の寿命を縮めてしまうことに繋がります。
歯の神経を抜いたのに痛くなる時
神経を抜くと、虫歯のような痛みはなくなります。しかし、歯の内部で炎症が拡大している場合などは、以下のようなケースで痛みを感じることがあります。
・体調が悪いとき・疲れているとき
体調が悪い時や疲れた時に違和感や痛みが出ることがあります。
歯が浮いたような感じや重い感じがする場合もあります。
体調が落ち着くと、歯の違和感も落ち着きますが、体調を崩すたびに症状を繰り返すことが多い状態です。
・食事をして噛んだ時
食事の際に、噛むと痛みの症状が出ることがあります。
ただし、虫歯のようなしみる症状はありません。
根の先の状況によって、噛むと少し違和感が出る程度の場合や鋭い痛みが出るなど症状は様々です。
また、神経の処置をした初期の症状として、噛んだときに痛みを感じることもあります。
・歯茎が腫れている時
歯の根の先付近が腫れて、おできのようなものができる場合もあります。
腫れている時は痛みが出ますが、膿が出ると痛みが落ち着くこともあります。
関連記事：歯茎が腫れたらどうする？歯茎が腫れる原因と対処法とは
神経が無いのに痛みが出る理由とは
神経がない状態でも痛みが出る理由は下記のことが考えられます。
・歯の根が欠けたり、割れたりしている
歯の神経を抜いたのに、痛みが出る原因の１つとして根が欠けたり割れたりしていることが考えられます。破折した部分から細菌が入り込み、周辺の歯茎が腫れたり、噛んだ時に痛みを感じたりするためです。
歯の神経を抜く治療（根管治療）を行うと、歯の内部の象牙質が大きく削られ歯が弱くなるため、噛んだ力で歯にヒビが入ったり歯が割れたりするリスクが大きくなります。
ただし、根管治療をしていない歯でも強い力がかかり続けると、割れる可能性があります。
・歯周病
根管治療をした歯でも、歯周病になると痛みが出ることがあります。
虫歯と歯周病は細菌による感染症ですが、全く違う疾患のため、治療法も異なります。
そのため、虫歯の治療のために神経を抜いて治療をしても歯周病が治ることはありません。
歯周病は、汚れの中に潜んでいる歯周病菌が歯茎に炎症を引き起こす疾患です。
初期の段階では、歯ブラシの時に出血する、歯茎が腫れているなどの症状ですが、進行すると、顎の骨を溶かしてしまい、歯がグラグラしたり、痛みを感じたりすることもあります。
歯周病は、歯から痛みが出るのではなく、歯茎やその周りの組織に炎症が及んで痛みを生じます。
歯周病は自覚症状が少ない疾患のため、症状を自覚した時にはかなり進行していることも少なくありません。
歯のぐらつき、歯茎の炎症を感じたらすぐに歯科医院を受診しましょう。
・根の先に膿が溜まっている
根管治療をした時のトラブルで多いのが、歯の根の先に膿がたまる根尖性歯周炎です。
根の先の膿は、根尖病巣といわれます。
この原因として考えられるのは、根管治療をした際に細菌感染した部分が完全に取り切れていない、被せ物のすき間から細菌が入り込んだ、二次虫歯になったなどが考えられます。
根管治療が不十分なため、根管内で細菌が増殖してしまい、根の先に膿がたまってしまいます。
この症状が進行すると、膿が原因で顎の骨を溶かしてしまい、歯周病と同様に歯がグラグラする場合もあります。
関連記事：根尖性歯周炎の治療をすると歯が弱くなる？症状・原因・治療法について解説
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・神経を抜いた部分に問題がある
根管治療をした際に神経を抜いた部分に問題があることも考えられます。
歯の根の形は複雑な形態をしており、細かく枝分かれしています。神経を抜く治療の際、先の細い器具を使って歯髄を取り除きますが、完全に歯髄を取り除くことは難しいとされており、取り残した歯髄が炎症を引き起こして痛みを生じる場合があります。
・噛み合わせが合っていない
根管治療をした後は、内部に土台を立ててその上に被せ物をします。
被せ物を入れる時に高さを確認しますが、その高さが合っておらず、強く当たっていると痛みを生じることがあります。
噛む力が必要以上に強く伝わってしまうため、歯の部分や歯の周りの組織に負担がかかり、神経を除去していても痛みを感じます。
噛み合わせが強すぎる場合には、被せ物の高さを調整する必要があります。
そのまま放置すると、歯が欠けたり、割れたりするだけでなく顎に負担がかかってしまう場合もあるため、早めに歯科医院へ行きましょう。
神経を抜いた歯が痛む時の治療法
1 再根管治療
根の先に膿が溜まっている状態の場合には、再根管治療が必要です。
日本の保険適用の根管治療は、歯科の中でも難しい治療といわれており、成功率もそれほど高くありません。
一度根管治療を行っても、半分程度の方は、再根管治療が必要といわれています。
また、根管治療は、1度目の治療の成功率が一番良いとされており、根管治療を繰り返すことで歯質も削る必要があるため、治療を繰り返すたびに歯の寿命は短くなってしまいます。
そのため、再根管治療を繰り返すことで歯を残すことが難しくなっていきます。
2 歯周病治療
歯周病の基本的な治療は、プラークコントロール（歯垢の除去）です。これを行うために、正しい歯磨きを身につけていきます。
歯ブラシが当たりにくい歯と歯の間は、デンタルフロスや歯間ブラシを併用して汚れを落とします。
また、ブラッシングも歯を1本1本、もしくは2本ずつ程度細かく磨いて、磨き残しを防ぎましょう。
歯科医院では、歯石やプラークを除去する「スケーリング」が行われます。
歯垢が歯石になってしまうと、歯磨きで落とすことはできません。
専用の機械で、歯石や着色を落として、汚れがつきにくい状態に近づけていきます。
歯周病の外科治療
歯周病が進行し、スケーリングだけでは改善が見込めない場合には、歯周外科処置を行います。
歯茎を切開して、直接見える状態で歯石を除去して、根面も滑らかにします。
歯周ポケットが深く、アプローチが難しかった部分の歯石も除去できます。
3 抜歯
再根管治療など、治療を試みても歯を保存することが難しい場合には、抜歯が検討されます。
特に残っている歯質が少なく、治療しても割れたり、欠けたりする可能性が高い場合には抜歯になります。
神経の機能を再生する歯髄再生治療
再根管治療を繰り返すと、最終的には歯を残せなくなる可能性が高まります。
そのような事態にならないために、歯髄再生治療という最新の治療で歯の神経である歯髄を再生させ、根管治療の繰り返しから脱却することが可能です。
歯の中には神経や血管、象牙質等の再生・修復を促す「歯髄幹細胞」が存在します。歯髄幹細胞は、噛み合わせに用いる健康な歯から採取することは難しいですが、噛み合わせに用いない親知らずや乳歯などを抜歯し、採取することが可能です。
根管治療で歯髄を抜いた歯でも、乳歯や親知らず等から採取・培養した歯髄幹細胞を使移植する歯髄再生治療を行うことで、失った歯髄の機能を取り戻すことが可能です。
なお、抜歯した乳歯や親知らずは、歯髄幹細胞採取後に粉砕し、歯髄再生治療の際に歯髄幹細胞と一緒に根管内に移植することで、通常の歯髄再生治療と比べてより厚みのある象牙質の再生を促すことも可能です。
歯髄再生治療の流れ
歯髄再生治療の流れについてご紹介します。
STEP1 検査
お口の状態を確認するためにレントゲン撮影や歯茎の状態、虫歯の有無などもチェックします。
根管の状態も確認して、歯髄再生治療ができるか診断します。
STEP2 歯の抜歯・歯髄幹細胞の採取・培養
矯正で抜歯をする歯や親知らずなどの不用歯（嚙み合わせに必要のない歯）を抜歯して、その中の歯髄組織から歯髄幹細胞を取り出します。
お子様のこれから抜ける乳歯も対象になります。
そして、1〜2ヶ月程度かけて、十分な量になるまで培養します。
STEP3 根管の清浄・消毒と歯髄幹細胞の移植
歯髄幹細胞の準備ができたら、根管の中をきれいに洗浄・消毒しておき、歯髄幹細胞を根管に移植します。
STEP4 歯髄機能の再生
早い場合は１～２週間、遅い場合だと3か月ほどで、歯髄の再生が確認されます。
治療の経過には大きな個人差があるので、歯髄再生治療では1年間の経過観察期間が設けられています。
歯髄の機能が回復していることを確認してから、被せ物を作製します。
再生治療のためにできること
歯髄再生治療に必要な歯髄幹細胞は、歯科医院で抜歯する歯から採取する必要があります。そのため、歯髄再生治療と抜歯を行う時期は近いことが理想的です。
しかし、抜歯した歯から採取した歯髄幹細胞を、超低温下で冷凍保管するバンクサービスを利用することで、将来的に歯髄再生治療が必要になった時に保管した細胞を用いることが可能になります。
大切な歯を抜歯するタイミングはいつでも訪れるわけではないため、そのタイミングで歯髄幹細胞を保管しておくと、再生治療が必要になった時に解凍して使用することができます。
【まとめ】
歯の神経を抜いた歯は、虫歯による痛みが出ることはありませんが、歯の根が割れたり、歯周病になったりすると歯周組織が炎症を引き起こして痛みが出る場合があります。
神経を抜いたのに痛みを感じる場合は、その原因に応じて治療をする必要があります。
また、神経がない歯は、歯が弱くなってしまい、割れやすくなる、再感染に気付きにくくなるという状態になります。
歯髄再生治療をすることで神経の機能を回復することができ、歯の寿命を延ばすことができます。健康な歯を長く維持したいという方は歯髄再生治療や歯髄幹細胞のバンクサービスもご検討ください。
