近年、再生医療の実用化が進み、歯科領域では、歯の神経である歯髄(しずい)を再生する歯髄再生治療が選択できるようになりました。
再生医療は、主に私たちの身体に存在する幹細胞を利用して、失われた組織の機能回復を促す治療です。

まだまだ発展途上の医療ではありますが、これまでの治療法では治すことが困難とされてきた疾患でも、幹細胞の力を利用することで改善につなげることができる可能性があります。
そこで今回は、歯科における再生医療の現状と、すでに受けられる再生医療についてご紹介します。

歯科で実用化されている再生医療

技術の進歩により、歯科における再生医療は着実に広がっています。ここでは、歯科で実用化されている代表的な再生医療技術をご紹介します。

歯の神経の再生医療

皆さんは歯の神経と聞いて、その見た目や機能が思い浮かぶでしょうか?
歯の神経は、歯の中心部に存在し、ピンク色で触るとプニプニとした柔らかい組織です。
痛みを感じるためだけに存在していると誤解されがちですが、実は「歯の神経」には神経だけでなく、血管やリンパ管も存在しており、歯に栄養や水分を届けたり、細菌と戦ったり、周りの象牙質を修復したりと、様々な役割を担っています。

また、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、「歯の神経」の正式名称は「歯髄」であり、上述した「歯の神経」の役割はすべて「歯髄」の役割なのです。
歯髄を失うと歯に栄養を送ることができず、傷ついた象牙質の修復能力も失われ、結果的に歯の強度が弱くなってしまいます。

他にも、歯髄が失われた歯は血液循環が止まり歯が変色してしまうリスクが高まるため、審美的にも悪影響があります。
そのようなケースに適用できるのが、歯髄を再生させる治療である「歯髄再生治療」です。

歯髄再生治療

歯髄再生治療は、歯髄幹細胞の能力を活用して失われた歯髄を再生させる再生医療です。

歯髄が失われた歯は弱くなる傾向にあり、寿命は歯髄がある歯の半分程度に縮んでしまうとも言われています。
しかし、歯髄を再生させることで、血液循環や細菌抵抗性、象牙質修復能などの機能が回復し歯の強度を回復させることが期待できます。

歯髄再生治療の流れ

まず、クリーンルーム内で、親知らずや乳歯、矯正治療で抜いた歯などから「歯髄」を採取します。その後、歯髄から「歯髄幹細胞」を分取したのちに培養し、100万個以上の単位まで増殖させます。十分に増えた歯髄幹細胞を、根管治療後の歯の根管内に移植し、被せ物をすることで、初期の治療は完了となります。

細胞移植後、歯髄が再生するまで経過観察を行いますが、(歯の部位によりますが)早い方で約3ヶ月ほど、遅い方でも半年ほどで歯髄の再生が確認できるでしょう。
なお、抜歯した歯からの歯髄幹細胞の採取・培養は、専門の機関にて行われます。
また、すぐに歯髄再生治療が必要でない場合でも、未来の再生治療のために、抜歯した歯に含まれる歯髄幹細胞を凍結保管しておくことも可能です。

楽しくわかる歯髄と歯髄再生治療

歯髄再生治療の長所

歯髄再生治療の長所は、大きく以下の2つです。

・歯を長持ちさせることができる

歯髄には、歯に血液や栄養を運ぶ役割があり、歯を健康に維持することで、歯の強度を保っています。また、歯髄の周囲に存在する象牙質を修復・再形成する役割も担っています。
これらの機能が失われると、歯は強度が弱くなり、欠けたり、割れたりする可能性が高くなります。
歯髄再生治療を行うことで、歯への栄養や血液の供給が再開され、傷ついた象牙質の修復機能も回復することから、歯の強度が高まることが期待されます。
そのため、歯を長持ちさせることにつながります。

・二次虫歯を防ぐ

歯髄を失うと痛みなどの知覚を感じることができなくなってしまいます。
そのため、歯髄を除去して被せ物をした歯の内部で二次的な虫歯が進行していても、痛みがないため、気づきにくくなります。

歯髄再生治療を行うと、痛みや違和感などの感覚を取り戻すことができるため、二次虫歯ができた場合でも気づきやすくなります。

歯髄再生治療の短所

歯髄再生治療の短所を2つ紹介します。

・治療ができる歯医者が限られている

歯髄再生治療はまだ新しい再生医療です。
歯科医院が本治療を提供するためには、再生医療法に則った提供計画の作成や厚生局への届出等が必要となります。
そのため、治療を提供できる歯科医院は、国内でも限られています。
お住まいの地域によっては、治療のために遠方まで通院する必要があるケースもあります。

・保険適用でない

保険適用の治療は、治療の方法や材料も細かく決められています。
虫歯の治療などは保険が適用になりますが、歯髄再生治療は保険適用がない自由診療です。
患者さまの費用負担が10割になるため、費用が高くなります。

歯髄再生治療の流れ

STEP1 カウンセリング
歯髄再生治療の流れやメリット・デメリットについて、歯科医院で説明が行われます。
治療がスタートする前に、気になる点や不安なことなどを解消することが大切です。
カウンセリングでは、実際にお口の中を確認して、レントゲンやCTの撮影、歯ぐきの検査なども実施される場合があります。

STEP2 根管治療
歯髄を再生させる対象歯の根管治療を行います。歯髄再生治療は細菌に弱い細胞を用いる治療法のため、このステップでいかに根管内を洗浄できるかが、歯髄再生治療成功の鍵となります。

STEP3 抜歯
親知らずや乳歯、矯正で抜歯が必要な歯を抜いて専門機関に送ります。

STEP4 歯髄幹細胞の採取・培養
クリーンルーム内で抜去歯の中から、歯髄幹細胞を取り出します。
取り出すことができる歯髄幹細胞の量は多くないため、培養して十分な量になるまで増やします。

STEP5 歯髄幹細胞の移植
検査をクリアした歯髄幹細胞を移植します。

STEP6 経過観察 
歯髄幹細胞を移植して、歯髄が再生するまで1年程度経過を観察します。

歯髄再生治療に用いられる歯髄幹細胞とは

幹細胞は、さまざまな再生医療に使われている優秀な細胞です。
歯の中から採取する以外に、骨髄や出産の時の臍帯などからも採取することが可能です。
しかし、骨髄から採取する場合には全身麻酔が必要のため負担がかかります。
また、臍帯も出産の時にしか採取ができないため、採取できる機会が限られています。

一方で、歯髄幹細胞は歯の固い組織の中にあるため、外部からのダメージを受けにくく、良質な細胞として活用できます。
また、親知らずや乳歯などの抜歯をするだけなので、ほかの方法に比較すると採取する機会が多く、採取の負担も少ないです。

・将来、全身の再生治療に応用できる可能性がある

歯髄再生治療に使われる「歯髄幹細胞」は将来、全身の再生治療に応用できるよう研究が進んでいます。
アルツハイマー、白血病、脳梗塞、心筋梗塞などへの応用が研究されていて、未来の再生治療で活用できる可能性があります。

歯髄幹細胞を保管するためには

抜歯をするタイミングで歯髄再生治療が必要なくても、歯髄幹細胞を冷凍保管することで将来の健康に備えられます。
歯髄幹細胞は、一般的に若い時期の方が増殖しやすいため、抜歯が必要な時に歯髄幹細胞を冷凍保管しておくと、未来の再生治療の時に活用することができます。

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歯周組織再生治療とは、重度の歯周病で顎の骨が減った時に行われる治療です。
重度の歯周病は歯ぐきだけでなく、顎の骨にまで炎症が及びます。
これにより、歯を支える顎の骨が減少してしまいます。
顎の骨が自然に戻ることはないため、歯周組織再生治療で改善を促します。

エムドゲイン法

失われた顎の骨が自然に再生することが難しいのは、顎の骨よりも歯肉の方が回復するスピードが早く、顎の骨が回復するはずのスペースに入り込んでしまうためです。
エムドゲイン法は、歯ぐきを切開して根の部分を清掃し、エムドゲインゲルを塗布して縫合することで、顎の骨の再生を促進する治療法です。
エムドゲインは身体に吸収されるため、取り出す必要はありません。
顎の骨が再生するまでには一定期間、時間が必要です。

GTR法

エムドゲイン法と同様に、顎の骨が減少した時に行われる治療法です。
GTR法は、顎の骨が回復する余地のあるスペースに「メンブレン」という人工膜を使用して顎の骨が再生するように促します。
以前は、メンブレンは身体に吸収されなかったため、顎の骨が再生してから取り出す必要がありましたが、吸収性のメンブレンが登場してからは、負担を軽減できるようになりました。

重度の歯周病により失われた歯ぐきを再生・回復させる治療

重度の歯周病では、顎の骨が減少するとともに歯ぐきも退縮します。
また、知覚過敏で冷たい物がしみたり、歯ブラシが当たると痛みが出ることがあります。
審美的にも、老けた印象になってしまうため、改善した方がよいでしょう。
失った歯ぐきを再生させる治療をご紹介します。

結合組織移植(CTG)

重度の歯周病で歯ぐきが退縮した時に行われる治療法です。
上顎の口蓋部分から結合組織を採取して、歯茎が退縮した部分に移植をします。
審美的な見た目の改善だけでなく、知覚過敏などの症状を緩和させることも期待できます。

歯周病だけでなく、矯正治療の際に歯肉が退縮した時にもこの方法が用いられることがあります。

遊離歯肉移植(FTG)

結合組織移植と同様に歯ぐきが退縮した部分に対して行われる治療法ですが、結合組織だけでなく、表面の角化歯肉も移植する方法です。
結合組織移植と比較すると、そのまま組織を移植することができるため、遊離歯肉移植の方が難易度が下がるといわれています。
また、手術後の経過も傷の治りが早い傾向があります。

歯周組織再生療法のメリット

歯周病の再発リスクを減らすことができます。
歯ぐきの形態が元通りの位置になったり、顎の骨が再生することで、歯が長持ちするような環境に改善することが期待できます。
また、歯周病の直接の原因である歯垢を落としやすくなり、歯垢の蓄積を防ぐこともできるでしょう。
これにより、歯周病の進行を抑制し、再発のリスクを下げることが可能です。

歯周組織再生治療のデメリット

全ての歯に歯周組織再生治療が適用できるわけではありません。
全体的に下がっている骨には適用できない場合があり、治療後のメンテナンスを怠ってしまうと元通りになってしまう可能性もあります。

歯周組織再生治療の流れ

STEP1 精密検査
レントゲン撮影や歯周病検査などを行い、お口の中の状態を把握します。

STEP2 歯石の除去
外科的な治療をせずに除去できる歯石を全て取り除きます。
歯石には、歯周病菌がついていたり歯ぐきの腫れを引き起こす原因となる可能性があります。
細菌が残っていると歯周組織再生治療の成功率が落ちてしまうため、すべての歯石を取り除きます。

STEP3 再検査
セルフケアや歯石除去により、歯ぐきの状態が変化したかどうか再検査をします。

STEP4 歯周組織再生治療の実施
麻酔をして、歯周組織再生治療を行います。

STEP5 消毒・抜糸
手術の翌日は消毒を行い、約1〜2週間後に抜糸をします。

STEP6 再検査
約2〜3ヶ月後に、歯周組織が改善したか確認します。

STEP7 メンテナンス
お口の中の環境を整えることも大切なので、歯周組織の状態と清掃状況を確認します。
問題が無ければ、少しずつメンテナンスの間隔をあけていきます。

【まとめ】

歯の神経である歯髄は、歯への水分・栄養供給能や細菌抵抗性、象牙質修復能など、歯を健康に保つ上で重要な役割を担っています。
そのため、歯髄が失われた歯は、栄養や血液を受け取ることができず、歯が弱くなってしまう傾向があります。

しかし、歯髄再生治療により、歯髄幹細胞を移植することで、失われた歯髄を再生させることができるようになりました。
これにより、歯に栄養や血液が再供給されるようになり、歯髄周囲の傷ついた象牙質も再形成され、痛みとして歯の異常も感じられるようになるため、歯の寿命を延ばすことが期待できます。

また、歯周病により失われた顎の骨は、歯周組織再生療法により、回復できる可能性があります。

歯は、失ってはじめてその大切さに気がつくといわれています。
大切な歯をできるだけ保つために、再生医療も治療の選択肢に入れてみましょう。